風が冷たいここ札幌である。
いやだねえ、こんな寒いなか花見とか。
ガタガタ震えながらジンギスカン鍋囲むなんて、どんな罰ゲームだよと、しかも桜咲いてねえし。
丸山あたりはまだのようだね、あったかい街中だと結構咲いているところもあるのだが。
兎も角も、雨降ったりなんだとこのGWはずっと寒いまんま終了してしまいそうだ。
明日も休んで今週一杯という人もいるだろうが、当方は明日からである、いいかげん切り替えていかないといかんねーといったところですけれども。
まあ、
そんなに休んでばかりも疲れるしね、実際、大型連休終わって会社行ったら会社自体なくなっていた、なんてネタも聞くしな。
・・・・・笑えねぇよ。
趣味の話を一つ。
実は当方、焼き物が好きである。
焼き物の中でも特に湯のみが好きだ。
コレクターであると言っても良い。
焼き物、というと胡散臭いイメージを受ける人もいるだろう、金のかかる趣味であると言われる事もある。
まあ、誤解であるといっておこう。
胡散臭いのは焼き物の中でも特に骨董方面である。
別段、当方の様に今出来の、安くても自分の趣味にあったものを集める分には、そんな目ンたま飛び出るような値段のものにぶつかることも(まあほとんど)無いし、騙す騙されるなんていうことも全く無いのである。
たまに行われる豊平神社の骨董市覗く分には、そう大仰なこともないしな。
古さや価値を求めるからおかしなことになるのであって、欲しいもの、自分のセンスに合ったものという求め方をすれば怪我などしないのである。
まあ、どうしても欲しいものがそういったウサンクサイものだったのなら、それはしゃあないがな。
自己責任でお願いします。
まあ、当方なんぞは、数寄に毛の生えたようなものだ。
そんなご大層なものではないのである。
例えば、デパートなんかの食器売り場で、湯のみのワゴンの前に立つと、何時間でも見ていられるな。
そんな中から、500円でも千円でも、或いはそれが一万円になることもたまにあるが、気に入った子をお持ち帰りする。
十万単位になることは流石に極々稀である。
そうして、家に帰って食器棚にしまい、そのときの気分に合った子で茶を飲むのである。
まあ、一寸した当方なりの贅沢であると言える。
とは申せ、いかに今出来のものとはいえ、あの世界が独特なことは確かになんとなくわかる。
普段使いの食器から一歩踏み出しすこしだけいいものを、と思えば、値段なんてあってないようなものになっていく。
そもそも、制作原価、適正価格という概念のない世界だからなあ。
作った窯元と流通が価値を決め、その上で客と価値観が合致したときに初めて商いとなるのである。
胡散臭いといわれてもしゃあんめえか。
しかし、あえて言わせてもらえば、金の掛からない趣味なんてありませんよ。
趣味とはそういうもの、極論すればそういうことである。
さて、そんな当方の好みは、基本的には土ものである。
備前、越前、信楽、萩などといった、所謂焼締陶が大好きである。
陶器ならばあまり派手でない唐津か美濃、美濃なら特に志野茶碗なんか好きだねえ、ぽってりした姿と柔らかい釉がいいですね。
黄瀬戸もいいなあ、使って味が出るしね。
織部はな、いいものはいいんだが、やぼったいものも多いし、どうしてもケバさが目に付くんだよね。
そして赤絵、金襴など絵ものはほとんど、というかどうにも趣味に合わないなあ。
九谷とか、ありえねえよな、ケバくて、何に使うのかと小一時間。
目が痛くなります、目がぁ、目がぁ~。
有田の柿右衛門とかもまあ無理だ。
そもそもアレは磁器か。
まあ、有田なんかの白磁、青磁の淡い彫り模様のものなんかは、時にはっとするほど綺麗で吸い込まれるように見とれることもあるのだが。
まあ、そう云うのは往々にしてびっくりするほどいい値段するんだよなあ、そもそも大皿だったりするし、今出来で云十万とかどんな世界かと。
湯のみ専門の当方には、あんまり関係の無い世界であることは確かだ。
こんど、余裕が出来たら窯元めぐりなんかに行ってみたいのだがなあ。
ああ、焼くほうは全然ダメである、以前一回だけ焼き物体験したことがあるが、作り出す美意識は当方には無いようである。
絵付けもやったけど、見られたもんじゃなかったしな。
ひょっとして、それで絵ものがダメになったのかな。
意外なトラウマである。
さて、連休最終日、ぜっかくだから今日はゾロっと市内のめぼしい焼き物売り場でも廻ってみようかな?
気に入った子がいればいいのだがね。
PR