仕事から帰ってきた父が、それを発見することとなった。
路上に打ち棄てられた彼女と、それに寄り添う子猫を、である。
正直、あの光景は頭の片隅にこびりついて離れない。
今でも折に触れ、当時の光景がよみがえる。
そこを離れようとしない子猫をやむなく引き離し、父に家まで連れて行ってもらった。
自分は敷地内の池のほとりに穴を掘り、彼女をそこに葬った。
畜生とはいえ、軒を貸す店子である。
袖振り合うも他生の縁、これくらいしてやってもバチは当たらぬであろう、と。
そのようにして当家にいついてしまったのが現在の飼い猫である。
幸いにも、固形物を食べられるほどには育っていたので、飼育自体にはそれほど手は掛からなかった。
当初は鳴いてばかりいたものであるが。
父の献身的とも取れる偏愛っぷりもあってか、それも次第に収まっていった。
おかげで自分や母にはさっぱり懐かなかったのであるが。
まあ、それはよしとしよう。
ちなみに、この子が女の子だと判ったのは家に来てからである。
身体的特徴は、母親と全く一緒。
母親の美人の血を良く受け継いでいたようだ。
まあ、飼い猫という性質上、性格は多少、おっとりとはしていたようだ。
近所の野良達の抗争の火種になったとかならなかったとか。
魔性の女である。
飼い猫とはいえ、彼女の野生の血は消しがたかったらしく。
一年において半分は家、半分は外という生活を送っていた。
何日か帰ってこない日もあって、母などはよく心配していたようである。
ふらりと帰ってきたと思ったら、顔を倍くらいに腫らしてぐったりしていた時もあった。
どうやら何らかの勝負に敗れたらしい。
そういったときの手当ては大抵、自分の仕事であった。
暴れる彼女を押さえつけ、傷を開いて膿を出し。
消毒液を使った時など、ギャンギャンわめいて実に恨めしそうにこちらを見ていたものである。
あと、飼い猫の良くあるイベントの一つ。
木に登って下りられなくなるという奴、彼のイベントで救助を担当したのも自分である。
当方としては助けているつもりであっても、どうやらあちらにとっては大きなお世話であるようで。
彼女は、遂には自分に懐くことは無かった。
別段、嫌われてはいないと思うが、間違いなく警戒はされていたと思う。
あいつウザい、位であろうか。十分嫌われているような気もする。
彼女にとっての家庭内の地位は、おそらくはこんな感じであろう。
父(親または主君)→彼女→母(空気または自動餌出機)→自分(敵)
先ずは父。
これは絶対的な存在である。
物凄まじいほどの懐きッぷりであった。
幾つか例をあげるならば。
父の帰宅の時間になると、外に出てお出迎え。
家にいないときも、その時間にはほぼ毎日のように、出迎えていたらしい。
その後は、父の後を、まるで忠実な従者か何かのようについて歩く。
休日、菜園の世話などを父と共にしているときも。
菜園の縁に座ってじっとこちらを眺めている。
退屈になると、雀や野鼠などを獲って来て誇らしげに父の前に持ってくる。
献上品であるのか、或いはほめて欲しいのか。
とにかく、まるで犬のようである。
ここまで生きてきて、あんなに猫が懐く姿を見たことがない。
次は母。
これはほぼ空気である。
母は、もともと獣が嫌いであった。
いや、どうなのだろう?
若い頃は自身、嫌いであると公言して憚らなかったはずだが。
彼女が家に来てからは、そんなそぶりは毛ほども見せない。
何かというと、おかしな、甲高い声で、しかも赤ちゃん言葉で彼女の名を呼び、話し掛けている。
正直こちらとしては、見ているのが辛かったりする。
何のプレイですか?
そして彼女はそんな母にどこまでも冷淡である。
基本、無視である。
面倒になると、振り返りもせずにその場を去る。
少なくとも、積極的にかかわろうという気配は皆無である。
ただ、どんなことにも例外はある。
時折、空腹時には、ひたすら母の足元にアタックを繰り返す彼女の姿を見ることが出来る。
そんなときも母は、まんざらでは無さそうである。
そして自分である。
考えれば、彼女の嫌がることばかりやらされていたような気がする。
シャンプーも、自分の役目であったし。
敵認定も致し方なしといったところか。
こちらはもっと仲良くしたかったのだがなあ。
そういえば、しょっちゅう嫌がらせは受けていたような気が。
実家にいた当時、自分は二階の部屋に住んでいたのだが。
階段と階段の継ぎ目に、踊り場のようなものがあった。
時たま、夜になると、彼女がその踊り場にやって来て
「にゃー」
と鳴くのである。
当初は
「あれもようやく俺の良さがわかったか」
とか思い、ホイホイ部屋を出て行くのであるが。
こちらの顔を見ると、脱兎の如く逃げるのである。
いや、意味がわからんから。
そうしてしばらくするとまた
「にゃー」
である。
放置すると延延と鳴き続けるし。
かといって部屋を出て行くと逃げるし。
一度などは、その繰り返しの何度目かでブチ切れて、執拗に追いまわして捕獲し、そのまま外に放り出したことがあった。
それが、自分と彼女の亀裂を決定的なものにしたような気もする。
とにかく、敵っぽい感じであった。
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