・過客(かかく)
月日は百代の過客にして行き交う歳もまた云々。
おくのほそ道である。
かきゃくとも読むらしいこの言葉であるが、この間珍しく目にしてしまった次第である。
なかなか、見ないよね。
そういえば過客って、なんなんだろうな?
言葉どおりに読めば過ぎるお客さん、来客などと同じような意味なのではと思っていたが、考えているだけではわからない。
ならば、いっちょ調べてみっか、と。
早速いってみようか。
曰く。
①来訪した人、来客。
②ゆききの人、旅人。奥の細道「月日は百代の─にして」
そのまんまである。
つまり、来客の古臭いというか気取った言い方をすれば、過客ということになるのだろうか?
あまり一般的に使われる言葉でない事は確かなようである。
ちょっとした書き物などに使ってみて、己のボキャブラリーを誇示するにはいいのではあるまいかな?
来る客も客である限りは必ず過ぎる客であるということか、逆説ながら巧みに真理をついた言葉であるとも取れるなあ。
来客、過客、一期一会を大切に、だ。
・惻隠(そくいん)
これはよく見る言葉である。
惻隠の情といえば、何かを憐れむ心というように認識しているが、果たして本当のところはどうなのだろう。
漢字だけ見ても何のことだかわからんよねえ?
こういったものはテッテ的に調べてみるのがよろしいな。
ひょっとしたら、当方の全く知らない意味や由来を隠しているかもしれないし。
そんな風に考えると、なかなかに楽しかったりする。
ワクワクですよ。
それでは下調べといこうか、広辞苑で。
曰く。
〔孟子公孫丑〕 いたわしく思うこと。あわれみ。
とある。
それ以外には全く触れられていない、実に簡潔なものである。
まあ、当方の認識が正しかったことはいいとして。
この惻隠と言う言葉に関しての成立などの解説が一切無いというのがどうにも気にかかる。
果たして、説明するまでもないような常識的なことなのか。
さっぱり見当つかぬ当方としては納得のいかぬところである。
というわけで、少しばかり本腰入れて調査してみようか。
では、ここに取りい出したる論語・孟子であります。
まずは簡単に孟子というシロモノのことを簡単に。
孟子とは、宋代朱熹以降、孔子の言行録である論語と並んで四書の中に数えられる、中国戦国時代初期に活躍した儒者、孟軻の言葉、およびその弟子達との問答を集めたものである。
所謂儒教というものの大事な経典であると言える。
当然、わが国の文化にも多大な影響があり、例えば五十歩百歩などの言葉はこの孟子の中の言葉である。
さて、そんな孟子の中の一節に弟子である公孫丑との問答がある。
これは、この孟子と言う言行録の指し示す大きなタームの一つ、性善説を示す一節である。
惻隠、と言う言葉をここから捜すと、まさに性善説の提示の根幹にあたる記述にぶつかった。
抜き出してみようかな。
今人乍見孺子将入於井、皆有怵惕惻隠之心。
これは現代文に読み下せば
いま、仮に人が、幼子が井戸に落ちんとするところを見れば、たちまち憐れに思って助けようとするだろう。
といったところである。
まあ、助けようとする云々というくだりは当方の作りだが、大体ニュアンスは間違っていないと思う。
つまり、井戸に落ちそうな子供を見て瞬間的に助けてしまうのは、功利もなにもなく人間がもともと善なる心をもっているからだ、ということを孟軻さんは言おうとしているわけである。
さて、ここで大事なのはこの”惻隠之心”という言葉の使われ様である。
ううむ、どうやらこの時点において、惻隠という言葉は熟語として成立している様子である。
ならば確かに、成立や起源を遡るには、もっと古い資料からこの言葉を捜して、いつごろ成立したのかまで調べなければならないことになる。
それは流石に無理だなあ。
よし、それではこの言葉、漢字の側面から考えてみようか。
まず惻隠の惻からである。
新兵器、漢字辞典の『全訳漢字海 第三版』さんに出張ってもらおう。
曰く。
【惻】 (形容詞として)悲痛な様。受け入れがたいほどに痛ましい。
(動詞として)同情する。不憫に思う。憐れむ。
とまあつまり、この惻という字だけでおおよそ惻隠の意味を満たしている様子である。
さらにはこの漢字辞典には惻隠之心についての解説も載っている。
曰く。
他人の不幸な状態を憐れみ同情する心のこと。仁(儒教における最高の徳・人道の根本とされる仁徳)の本源とされた。
とある。
なんだ、広辞苑君より詳細な解説じゃまいか!
恐るべし、漢字海。
ついでに隠の字も調べてみようか。
・・・って、うわ、スゲーいっぱいある!
まあ、面倒がらずに引き写して行くか。
曰く。
【隠】【隱】
(動詞として)
①かく─す。かく─れる。ひそ─かに。身を隠す、こっそり隠れる。俗世間を捨てる。
②悲しむ。あわれむ。いた─む。
③推し量る。思う。
④灯火や火を消す。
⑤こまかく調べる。詳しくはかる。
(形容詞として)
①隠遁して仕えない様。
②困窮した様。まずしい。
③威厳ある様。
④微妙な様。かすか。
⑤穏やかな様。
(名詞として)
①かすかな道理。奥深い真理。
②隠棲する人。
③なぞなぞ。
④低い塀。
⑤古琴にほどこしてある飾り。
・・・とまあ出てくるわ出てくるわ。
隠一文字でこんなに意味があるのか。
漢字と言うのは実に奥深いものだなあ、実際。
例えば、形容詞的用法の”困窮したさま”と”威厳のあるさま”なんてえのは全く逆に感じるのだが、どんなものだろうね?
とまれ、今回の惻隠に関しての意味は、動詞的用法の悲しむ、いたむというところであろうな。
つまり、惻も隠も、何かを悲しむ、悼むという同じ意味の漢字であるということだ。
ということは。ここまで調べるまでもなくごく当たり前の意味だったと言う事である。
うーむ・・・。
というように、調べてみると至極当然の結果の様に感じるが。
まあ、通常両方ともにあんまり使う機会もないし、あまつさえ惻と隠と言う漢字にそんな意味があろうとは知りもしなかった当方である。
全くもって完全に、イグザクトリー知りませんでした、である。
ふむ、何かを学ぶ、というのは楽しいものだ。
これでまた一つ賢くなった、かな?
それでは今回は過客と惻隠、この二つまでということにしよう。
また次回をお楽しみに。
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