忍者ブログ
2008/1/13 人生における、雑感、ボヤキ、など。
[23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

もういくつねると、衆院選?
久々の国政選挙である。
あらゆる大メディアが自民の歴史的大敗をはじき出す中、もうそろそろ悪いところも出尽くした感のある自民が盛り返すのではないかと考える当方である。
バンドワゴンはここまで、もうそろそろ旧来の支持者や未だ態度を保留している30%ほどの有権者による、アンダードッグ効果が出始めるはずだ。
最終的には民主が240そこそこ、自公で220程度が妥当なところではないかと見る。
民主と連立を組む社民、国民新などは埋没により大きく議席を減らす可能性があり、結局のところ党としての体裁を保てなくなることも考えられる。
これで、この国も二大政党制へとシフトしてゆく事になるのかなあ。

選挙管理委員会による選挙公報が出た。
現在、札幌一区に在住の当方である。
ここでは四人が立候補、自民、民主、共産、諸派wという面々。
一面にでかでか各々の主張が載っており、なかなかに面白い。
突込みどころ満載という意味で。
そこで一々突っ込んでいく自分がいますよ。
根気を入れて、連載をしたいと思う。
もしも読んでくれる人が居るのなら、応援してね?
まずは一人目。

○諸派wの女性候補

消費税全廃で景気回復とか言ってる、斬新だ。
琴似に住んで三十年、おばさんパワーを政界に!というエクストラメンションマークがなんとも勇ましくてほほえましい。
彼女の主張はこうだ。

────

① 景気回復のために、消費税をゼロにします。

いい品物を安くが商売繁盛の基本です。
現在の不況下においても5%引きセールを実施すればお客様は買って下さいます。
消費が上向けばやがて景気は回復します。
相続税、贈与税などの減税や金融緩和政策を実施する事でGDP4%成長を促し、これを四年続ければ消費税の減収分は補えます。
その間、無駄な支出を削減し、いわゆる埋蔵金の活用や不要な国有財産を処分して不足分の財源を確保すれば消費税全廃は可能です。
消費税を3%から5%に上げた翌年から税収が減り、99年には五兆円も税収が減りました。
そして、山一證券や拓銀が倒産するほどの不況に陥りました。
ですから、消費税の増税では税収が増えず、増税分を社会保障に回すなど出来ないのです。

────

いやいや、すごいね?
ネタかこれ。
まあ、当方もあまり政治経済には詳しくないが。
まずはここから。

>>いい品物を安くが商売繁盛の基本です。
>>現在の不況下においても5%引きセールを実施すればお客様は買って下さいます。

これは典型的なデフレ型の考え方じゃね?
健全な経済とは、いいものを安く、ではなく、いいものを適正な価格で、ということに尽きるのではないかと愚考する。
安売りは、始めはいいが、結局競合を呼び全体のパイを小さくさせるものである。
利幅が小さくなれば純利に跳ね返り、経営を圧迫、結局賃金にしわ寄せが来るのは自明の理だ。
ここ十年で一人頭の可処分所得が100万円目減りしたということを考えれば、まあ、理想ばかりも語っては居られないのが販売現場の現実であるが。
それでも、安ければいい、仕入れ値材料費を少しでも圧縮したい、そんなある意味悲痛とも言える思いが結局は、記憶に新しい食品偽装というものを呼び起こしたわけであって。
このあたりは”安くて安全で高品質な”などという間違った幻想を抱きつづけている頭のかわいそうな消費者連中にも大いにモノ申したいところではあるのだが兎に角。
そも、車や家、土地なんかの大物ならともかく、それ以外で5%程度の値引きがそれほど集客につながる時世とは思えんのであるがどんなものなのかなあ。
ひょっとして商売上手?

次はこのくだり。

>>相続税、贈与税などの減税や金融緩和政策を実施する事でGDP4%成長を促し、これを四年続ければ消費税の減収分は補えます。

さて、あまりに無頓着のような気がするのは当方だけであろうか?
なにがって、この”GDP4%成長を促し、これを四年続ければ”の一文である。
たしかに、ここまで徹底すればある程度の消費促進効果は挙げられるだろう。
ソレにより、GDP4%の成長、というのも達成が可能なような気がする。
ただし、あくまで単年単位でのこと、四年間連続してそれを達成しようというのは、なかなかに無茶と考えるのはおかしかろうか。
そも、外的要因を全く考えていないように見える。
内需ばかりに目を向けて、国外の外交の激変や景気の悪化を見ないようにしているとしか思えない。
これだけ経済というものが世界規模でつながっている現在、なかなか気楽には考えられないものだろうが・・・。
いことばっかりいいやがって、こんちくしょうめ!
ああ、まあ、マニフェストなんてえものはそんなもんか。

ついでにここ。

>>いわゆる埋蔵金の活用
>>いわゆる埋蔵金の活用
>>いわゆる埋蔵金の活用

・・・ハッ!?
あまりのことに繰り返しちまったじゃねえか。
埋蔵金は、麻生の補正と給付金で使い果たしたというのが専らの評判である。
いや、まあ、実際本当かどうかはわからんがね?
そのあたりの情報をつかめるのは現状のシステムじゃあ与党だけの様だし。
ただ、補正予算と給付金後、あれほどにぎやかだった霞ヶ関埋蔵金にほとんどの野党が触れなくなったのもまた事実。
・・・使い果たしたんだろうなあ。
儚い夢であったよ、いい響きだったなあ”埋蔵金”。
まあ、あんまり国家予算に関して”埋蔵金”とか言わないほうがいいと思うよ?実際。
うさんくさいし。
いや、ひょっとして武田埋蔵金のことか?

そしてこのくだり。

>>消費税を3%から5%に上げた翌年から税収が減り、99年には五兆円も税収が減りました。
>>そして、山一證券や拓銀が倒産するほどの不況に陥りました。

んん?
これまた凄い突込みどころだなあ。
満載過ぎる。
まず、消費税を上げたことと、税収の減収は、たしかに一因ではあろうが、完全に結びつけるのは無理無体じゃね?
この頃は、消えた十年と呼ばれる地獄の真っ只中、銀行は剥がしや不良債権隠しに躍起になり、日本国中逆祭り状態であった。
景気は当然ながらなべ底のズンドコ。
まあ、税収が減るのは当然だわな。
確かに、タイミング的に最悪ではあったが、全部を全部消費税のせいのように書くのはさすがに庶民舐め過ぎだろ。
でもって、だ。
山一ぃ?拓銀んん?
いや、消費税ぜんぜん関係ないじゃん。
確かに、景気悪化は破綻の最大の要因ではあるが、それはバブル崩壊時の話である。
旧大蔵省と国策に潰されはしたが、消費税に潰されたわけではなかろうよ。
騙しや舌先三寸ならともかく、まともにこんなこと考えてるならすっげえな、このオバちゃん。

まあ、確かに消費税というものを万能な財源と考える潮流はいかがなものかと思う当方ではある。
もっとも滞納が多い財源であるし、税制としては公平なように考えられているが、実は不公平極まりないものであるとも愚考する。
ただ、それでもなお有効な財源の見つけられない政府にとって、唯一考え得るやむを得ぬ財源であることは違いなかろう。
ソレを撤廃とは。
まあ、そのチャレンジャーっぷりはたいしたものだが、それでもその言いっぱなし感が鼻につくところはあるなあ。

では次の第二項目に行ってみよう。

────

②北朝鮮の核ミサイルで、一人の国民の命も失わせません。

北朝鮮によるミサイル発射に対して政府は毅然たる態度を示せませんでした。
核ミサイルの攻撃を受けてからでは反撃することすら出来ません。
国家としての気概を示し毅然たる態度で臨むことで、こうした挑発を抑止し、国民の生命と安全、財産を守る事ができると思います。
憲法を改正し、国民の安全を守ります。

────

んー。
なんだか抽象的すぎるよね。
”毅然たる態度” ”国家としての気概”ねえ。
具体的にはどういうことを言うんだろうね?
と、裏っかわで教sいやちがった党総裁がなんか言ってますね。

●「毅然たる国家」として独自の防衛体制を築きます。
私達は、北朝鮮の日本人拉致や、ミサイル発射で日本を脅かす事を許しません。
拉致事件解決やミサイル阻止のために、正当防衛の範囲であらゆる努力を行います。

???
なんか・・・怖っ!
いやいや、あらゆる努力って。
なにするきだ、り○うほう。
なんか事前には”先制攻撃”とか言ってたしなあ。
小池百合子の選挙区でも、なんか大変なことになったらしいし。
いやあんた、平壌に特殊部隊て。
あれで百合子タンはまた一歩落選に近づいたと専らの評判である。
どうにも極端でいけねえなあ。

当方の考える戦争とは”政治の敗北”に他ならない。
戦争がおこるということは、関係の構築に失敗した、それを修復できなかった、外交の方向性において誤りがあった、つまりは政治的な手腕の稚拙が武力行使を招くのである。
まあ、その他にも経済や宗教が戦争を呼ぶ場合もあるが、それすら大きく考えると政治の問題となろう。
甘い事は十分に理解している。
ゆえに当方は武力を保持する事を否定はしない。
集団的自衛権というものが、現状において最も有効なる国防の力であるというのが当方の持論である。
そこから、軍縮なり、核廃絶なりを進めて行くのが最も妥当だと考えている。
だから、政治家が戦争を肯定することは絶対に間違いであると考えるのである。
『百年、兵を養うは、唯一日の用に足す為也』
至言である。
用心を怠る馬鹿に政治家の資格は無い。
しかし、そこで安住してしまうものにも資質が無い、ということである。
難しいね、国防。

最後に、第三項目である。

────

③三億人国家で北海道に希望の未来を実現します。

私には夢があります。
北海道の大自然は豊かな農産物海産物をもたらしてくれます。
ここに、人工衛星による監視システムを活用し、農作物の育成や漁場の発見、栽培漁業へと発展させていきます。
農業、漁業の分野に海外から移民を受け入れ後継者問題に備えます。
また、流通の確保のために、雪に負けない高速道路や新幹線、リニアモーターカーの整備を急ぎます。
札幌の都心部に超高層ビルを建て、6LDK以上の三世代同居マンション購入を減税で後押しし、そこに保育園を併設するなどして子育て支援をすることで都市での快適な生活確保を目指します。
年金問題が大変な問題になっていますが、家族や地域の助け合いを応援し、三億人国家を目指す過程で、経済規模の飛躍的拡大によって年金不足を解消します。

────

・・・うわあ。
これもまたなんともはや。
なかなかに強烈な夢物語である。
まあ、とりあえず一つずつ突っ込んで行きましょうか。

>>人工衛星による監視システムを活用

いやいや、あんたらがいうとなんだか洒落になってないよ。
おっかないなあ、もう。
監視衛星バンバン飛ばす気マンマンですよね。
ほんとに消費税なくしてやっていけるのか?

お次はこのくだり。

>>農業、漁業の分野に海外から移民を受け入れ後継者問題に備えます。

えー、っと。
これはつまり、移民を受け入れて言葉は悪いが農村、漁村に”入植”させて、一次産業を下支えさせようということか?
いやいや、農村漁村も大変なことになりそうだな。
主に治安とか、現住民と移民の対立とか、血で血を洗う抗争(?)とか。
田舎はたたでさえそのあたり厳しいからなあ。
逆にスラム化したりしちゃいそうでおっかないよ。
外人狩りとか、倭人狩りとか・・・。
外国人参政権の問題など、いろいろかまびすしい昨今。
ある意味一足飛びにここまで踏み込めるのは凄い事ですよこれは。
いるんだねえ、こんな夢見てる人も。
まあ、がんばってください。

ついでこちらのくだり。

>>また、流通の確保のために、雪に負けない高速道路や新幹線、リニアモーターカーの整備を急ぎます。

すごいね、これも。
三十年前の自民党も真っ青のハコモノ重視っぷりだねえ。
こんだけばら撒けば全く土建屋も大喜びだ。
北海道の景気もうなぎのぼり間違いなしである。
時に、消費税はなくしちゃって大丈夫ですかあ?

そしてこのくだり。

>>札幌の都心部に超高層ビルを建て、6LDK以上の三世代同居マンション購入を減税で後押しし、そこに保育園を併設するなどして子育て支援をすることで都市での快適な生活確保を目指します。

たしか、札幌市の景観保護条例というものが存在する。
これ以上、マンションなんかの高層建築物を建てちゃだめ、というものだったと記憶する。
指定地区が設けられていたとも思うが、許可制ではあるが基本駄目だったはず。
そのあたりのところはどんなもんかね?
まあ、現実に政権さえとっちまえばなんとでもならあな、ということか。
分権んん?一極集中ぅ?いんだよこまけえことは、といったところである。
ところでここでも減税っていってるけど、財源は大丈夫なんすか?

そして最後がこれである。

>>三億人国家を目指す過程で、経済規模の飛躍的拡大によって年金不足を解消します。

はたして、日本人が三億人になると、本当に国家経済は拡大するのだろうか?
このあたりは諸説芬々あるが、よっぽど上手く運ばない限り、三億人総貧乏となってしまう悪寒である。
国土の狭く、資源の乏しい国家、この日本に三億の人間を養える力が本当にあるのかも甚だ疑問だ。
現状の食料自給率ではいかにも厳しく、外交の激変などの事態が起これば、解決しきる余力はなさそうに感じる。
逆に、ある意味人口減少策こそが日本においては正しい姿であるとも当方は感じている。
まあ、このあたりは非常にむつかしい問題が絡んでくるので、これ以上は触れない事としたい。
それにしても、年金問題を絡めてはいるが、どうにも”飛躍的拡大”とかそのあたりのフレーズに
『なったらいいな♪』
的なやっつけ感が感じられる。
個人として、喫緊の問題とは捉えていないのであろう。
まあ、所詮夢の話か。
夢を持つことは、いい事です。


と、まあ、この女性候補に関しては総突っ込みの様相を呈してしまった。
いやいや、面白すぎるだろ、実際。
読んでて吹きっぱなしである。
とはいえ、これだけ長いといささか後悔しているところである。
いきなり大物だったからなあ。
この先が思いやられる・・・。
とはいえ、ここまで突込みどころが満載なのも、この人のほかはあと自民の候補だけなので、明日はもっとさっくりとまとまるはずだ。
このあとは共産、自民、民主と続けるつもりである。
ちなみに、順番は手元の選挙公報における上から順なので、そのあたりはあんまり気にしないでいただきたい。
では、また明日の夜に会いましょう。
 

PR

子供の頃、よく言われたものである。
「好き嫌いしちゃ、いけません」
だれしも、親であったり学校の担任であったりあるいは幼稚園の先生であったり、そんな人たちにこのように言われた経験をもっているであろう。
好き嫌いの対象は、往々にして食い物のことだ。
そも、食い物以外で”何かが嫌い”という一事が、問題となることは、ごく稀なケースである。
たとえば、新しい仮面ライダーが嫌いであっても、だれも文句は言わんし、同じクラスの誰々が嫌いであっても、排除しにかからなければ問題にはならんし、勉強が嫌いであっても、一定の水準の成績さえキープしていれば、ほめられこそすれ、くさされる事など無いのである。

では何故、食い物のみが問題視されるのであろうか?
簡単な事だ。
これは教育の理念の問題である。

食は、人間生活の基本である→食い物を粗末にしてはいけない→ゆえに、子供の時分から教え込まねばならない。

という事である。
しかしまあ、なんというか、馬鹿げた話。
当方は、小~中学校時代に給食が存在したのだが、小学生の時などは実際、給食にどうしても嫌いな、食べられないモノが出てきて、そいつを食うまで放課後居残りなんてことが良くあったものである。
食えないものを無理やり食わせることで、果たして食に対する感謝や尊びの感情などが生まれるものであろうか?
甚だ疑問、というか無いであろう。
そんなものは、教育のための教育でしかない。
そんなことをする位なら、一定の食料を持たせて山の中にでも放り込んでやったほうが、食い物のありがたみがわかろうというものである。
まるでレンジャー試験のようだな。

この食に対してのある意味絶対の信仰というものが、いつの時代から存在するのか、そのあたりはよくわからない。
しかし、想像はできる。
はるか昔は、現実問題として、好き嫌いなどというもので食わなければ、簡単に死んでしまう時代があったのだろう。
実際、江戸後期あたりまでは、農村では常に餓死というものがすぐ傍に存在していたのである。
そのような極限の環境で、好き嫌いを持ち出すのはナンセンスというものである。
時代を経て戦中、戦後なども、食い物が無かった話などは、じいさんばあさんおやじおふくろなどからよく聞かされたものである。
そして世の中にモノがあふれるようになったこの時代においても、その、本質を失った空虚な抜け殻だけは、教えとして残ってしまったのである。

考えても見て欲しい。
たといその時々、そのような無意味な教育を施しても、後に自分の稼ぎで食うようになったとき、わざわざ嫌いなものなど選んで食ったりはしないのである。
教育の現場の自己満足、というより他ないだろう。
食い物、あるいはその生産者やまた犠牲になった生き物達への感謝や尊敬などを教えるためには、もっと有効な教育があるはずである。
無能、ここに極まれり、だ。

嫌い、といえば。
当方は、コンビニや飲食店などの廃棄やロスを見て
「アフリカには食べられず死んでゆく子供達がたくさん居るというのに・・・」
とか、さかしらぶってぬかす連中が、反吐が出るほど嫌いである。
まあ、確かに放置してよい問題ではないと思うし、もったいないとも思うのだが、それでも、それとこれとは全くの別問題である。
だったら廃棄になった弁当やらコンテナ船仕立てて冷凍して送ってやれや、やれるものならな。
結局そんなことをぬかしてる連中は、事態への解決策も持たず考えもせず、ただただ思いついたこと聞きかじった事を正しい事の様に錯覚して自分の無能をひけらかしているクズ連中でしかない。

さて、話をもどそうか。
好き嫌いについて、である。
生憎と、当方には、食い物に関する好き嫌いというのはほぼ存在しない。
苦手、というものは存在するが、少なくとも食えないほど嫌い、というものは無いはずである。
そも、食い物ごときで人間関係の円滑さを欠く事がゆるせぬ心の狭い余裕の無い人間なのである。
会食の場では、苦手なものが出ても顔色一つ変えずに平らげるし、勧められたものは何でもおいしそうに食うことができる。
ただ、食い物においても、許せぬものというのは確かに存在するわけで。

例えば。
当方は、納豆が好きである。
納豆だけで、丼三杯はいけるほどだ。
ただし、あの大概の納豆に付属している『納豆のタレ』なるものは、どうしても許容しがたい敵である。
なんだかべたべたに甘くて、不自然な旨みが舌に残って、食えといわれれば食うが、能動的に食うことはまずありえない代物である。
すなわち、そのままゴミ箱行きである。
納豆の食い方にもさまざまあるが、当方の好む方法は、まず味噌汁などの具として使った葱の、残った青い部分を細かく刻んだものを丼に入れる。
そしてそこに納豆を投入し、鰹節(枯節、本枯節などがあれば更にベター)をたっぷりと投入、ガッツリかき回して、最後にざっと醤油をかけまわして喰らうのが現在の俺的至高である。

逆に、嫌いな食い方のナンバーワンはまず砂糖。
こ れ は あ り え な い 。
いやいや、おかしいから、砂糖。
うまいと思えることが不思議である。
次点がマヨネーズ。
まあ、これに関しては好きな人はそれでいいと思うが、どうしてもマヨネーズをかけてしまうとマヨネーズの味しか感じられなくなるというのが難点だ。
なんのために納豆を食っているのか甚だ疑問となる。
納豆嫌いな人にはいいかもしれないね?
お次が芥子。
芥子は、なあ・・・。
べつにいいんだけど、こちらも味消しが強すぎてちょっと物足りなくなるのが難点か。
いずれ、嫌いな人用という気がする。

納豆一つ取っても、たった一人の人間に、これほどの多様な価値観があるのである。
いわんや、食い物全般においてをや。
現在はモノがたくさんあり、多様な価値観が存在する世の中だ。
そのような世の中において、前時代的でカビの生えそうな教育や理念に何の意味があるというのか。
必要なのは、物事の好悪を峻別しきる認識力。
そして、好悪と必要不必要を分けて考える力である。
美味いと思ったら食えばいいし、不味いと思えば食わなければいい。
食う必要があると考えれば食えばいいし、必要なしと考えれば食わなければいいのだ。

現代においては、むしろ好き嫌いをはっきり持つことが重要なのではないかと愚考する次第である。
 

いやいや。
いよいよ暑くなってきたここ札幌である。
ぎらぎら輝く真夏の太陽を浴びていると、なんというか、こう、「夏だクラァァ」とか叫びながら着ているものを全て脱ぎ去ってしまいたくなる次第である。
ああ変態さ。
でも、やらないよ?
何と言ってもこちとら常識人の分厚い皮をまとった変態である。
そんなことで警察や三面記事のお世話になってタマルカ。
この、かぶっている皮の厚さと自制心の強さが、犯罪者と変態紳士とを分ける分水嶺であるような気がする。
とまあ、そのような由無し事はさておくとして。
農家の皆さんのために、ここは大いに喜んでおく事としよう。
この調子で八月一杯好天が増えれば、秋物の作柄もかなり回復するであろう。
オテントサンにも頑張ってほしいものである。

昨日、近所の八百屋から、スイカを一個買ってきた。
そのお値段なんと300円也。
びっくりである。
所謂小ぶりのマダーボールというやつだが、それでもさんびゃくえんはねえだろう。
店先において、そのあまりの安さに興味を惹かれ、ついついざっくりと購入してしまったわけである。
そのスイカのとなりには、一回り大きいマダーボールが1000円で売っていた。
果たしてこの値段の違いはどこからくるものなのか・・・。
とはいえ、万年金欠の当方である、1000円の方はとりあえずスルーということにした。

この夏は頂きもののスイカ二度ほど食している。
まあ、それこそ頂きものなので、文句をいうのは筋違いであるのだが、どうにも
「まあ、水代わりと考えれば、これはこれで」
といったものばかりであった。
そのあたりは所詮素人の作るもの。
食味においてもおのずから限界があるのだろう。
そこでこのさんびゃくえんなスイカさんである。
すいません、正直ナメてました。
これがまた美味いのなんのって。
まず甘さが違う。
去年、今年と食ってきたスイカは一体なんだったのか?
そんな疑問が脳裏をよぎるほどに甘い!
いやいや、これで300円とは、農家さんも大変だの。
一玉、ぺろりと平らげてしまった次第である。
満足満足。

しかしまあ、やはり農家と言うものは凄いものである。
特に、生り物なんかではそのように強く感じるなあ。
明らかに素人衆が作ったものとは、一線を画す出来栄えだ。
この間は、さくらんぼを食ってそのように思ったのだが、此度のスイカでもそのように思い知らされた訳である。
しかも、これで300円・・・。
農家の手取りといえば、流通に乗せて一個せいぜい50~100円がいいところであろう。
そりゃあ、多少かっぱらわれても無人直売所を設置したくなるってえものである。

農とは、すごいものだ。
長い間の蓄積があり、その上に新しい技術を積み上げ、もはや一個の芸術の域にまで高められている。
しかし、後継者不足や離農率増加の問題などで、現在はこの日本独自の農もある意味瀬戸際に立たされているといって過言ではあるまい。
今度の選挙では、各党マニフェストにおいてもこれら農業問題が大きな位置を占めている。
あるいは選挙における投票先を決める参考となりうるかもしれない。
しかし、政治だけに任せきりにするのも、それはそれでどうかと思う。
現状の農を救うために、民間においてはなにかできることはないのであろうか?
そのような事を考えると、いろいろと面白いアイデアも浮かんでくる。

300円のスイカを食って、そんなことを考えるこの頃である。
 

盆暗二人が大河ドラマを談じてみました。
まあ、ほんの茶飲み話程度に。


「大河は、平安時代が面白いと思うんだ」
「平安時代?」

なかなかに難しそうだと思う。
まあ、戦国期にしても江戸期にしてもそうだが、人間の価値観というものが現代とは著しく違っている。
例を挙げるならば近親婚あたりが適当であろう。
皇統などを見てみると、いとこはとこは当然として、異母、異父あるいは全兄弟姉妹などが平気で恋をしたり結婚したりしている。
正直、現代の感覚ではいささか解かり辛い(いやまあ我々のようなエロゲヲタにはある意味それがいい的なところもあるのだが、しかしリアル姉やリアル妹の居る方なら頷いていただけるだろう)であろう事想像に難くない。
というよりも、ドン引きされてしまうであろう。
一般の視聴者の方々には。
そのあたりはごく一例であって、それ以外でも多くの価値観の齟齬というものが、古典を読んでいると見えてくることがままある。
まあ、それを納得いくものに仕立てるのが脚本家の腕の見せ所という見方もあろう。
だが、それらの感覚の違いというものを強引に現代の感覚でもって読み解いたつもりになっても、往々にして読み違えてしまうものである。
当方の実感としては、わからないものはわからないままにするしかない、というのが正解に限りなく近いような気がする。
ああ、そういうもんだ、と。

「んー・・・。ま、いいや。で、どんなお話がいいの?」
「そりゃあもう決まっているさ、宮中での藤原一族の陰謀劇を中心に、こう愛憎ドロドロの、彼と彼女がくっついたが、しかし彼女のおなかには前の彼の子供が・・・みたいな」
「・・・・・・」

ああ、そういやこの人、昼ドラとか大好きだったなあ。
おかあさんと一緒に韓流ドラマとか見てるらしいし。
ある意味、それをNHKにやれというのも酷な話である。

「いや、ムリじゃね?NHK的に」
「いやいや、最近の大河なんて、ジャニタレさえ出してればなんでもありでしょ」
「ええ?そうなの?」

家のテレビがぶっ壊れてからというもの、ここ数年自宅でテレビをみることがなくなってしまった地デジ難民ならぬリアルテレビ難民である。
昨今の芸能事情なぞさっぱりわからん。

「で、陰謀劇というと、主人公は?」
「当然、藤原道長。歴史の教科書でもあの時代の一番の目玉でしょ」
「まあ、そうだろうけど、で、どんな陰謀劇?」
「まあ、それは・・・ほら、あるでしょ?自分の娘天皇の嫁さんにして子供が生まれたら天皇にして自分は摂政におさまったりとか・・・」
「そのまんまじゃん。別段、陰謀でもなんでもないだろ?」
「いやいや、なんかさ、いかにも悪そうだろ、実際。奴は相当悪いって、月も欠けないんだぜ?」
「えええ?そんなこと言われても・・・」

もうむちゃくちゃである。
馬鹿な話してるなあ、俺ら。
兎に角、なんとしても藤原氏で、且つ、陰謀でドロドロがいいらしい。
詳しい事はわからぬ様子だが。
ならば・・・。

「その話聞いてると、薬子のこと思い浮かぶなあ、あれなんかお前さんの言うドロドロ陰謀劇にぴったりなような気もするんだが」
「クスコ?」
「そう、藤原薬子、まあ、日本の傾城だわな」


本来、藤原氏の系統というのは、中臣鎌足の子藤原不比等から大きく四つに分けられる。
その四つとは、藤原房前の北家、藤原武智麻呂の南家、藤原宇合の式家、藤原麻呂の京家である。
いずれも不比等の子であり、南北家は平城京における家の位置からこの様に呼ばれるようになり、式家は宇合が式部卿であったから、京家は麻呂が左京大夫であったことからである。
歴史上、京家は全く振るわなかったが、他の三家はそれぞれ絶頂期が存在し、特に道長は北家の系統で、その後の五摂家などは全がてこの北家系藤原氏であるといえる。
このあたりまでは中学レベルの教科書歴史である。

藤原薬子というのは藤原式家の人である。
当時、薬子のじいさんである式家清成の弟に、藤原百川という人が出た。
この漢はなかなかに強烈な人間で、官位こそ式部卿までしかいかなかったが、しかし時の天皇光仁の即位に大功があり、そのあとの天皇桓武もこの人が即位させたようなものである。
この百川のおかげで、藤原式家は他の三家やその他大伴や佐伯、秦氏などの豪族を押しのけ絶頂期を迎えたのである。
ここでは説明しないが、この百川という人はなかなかの辣腕にして豪胆、面白い話が山ほどある人だ。
気になった方がいたなら、調べてみるのも一興だろう。

話を薬子に戻す。
桓武天皇の代に、この薬子が東宮(一般に皇太子が住まいする場所である)へ高級女官として出仕することとなった。
これは、薬子の長女が皇太子の枕席に侍る役割を与えられたからで、所謂皇太子のハレムに入ったわけであるが、そのつきそい(と言っては語弊がありそうだが)として、東宮における事務方の宮女の役を与えられたわけである。
当然、当時の薬子は夫もおり、これは同じ式家の清成じいさんの弟、蔵下麻呂の子の式家縄主という人であるが、この人との間に三男二女をもうけている。
正確な年齢はわからぬが、恐らくは三十二~三といったところであったというのが定説である。
さて、そのようないきさつで東宮勤めを始めた薬子であるが、さにやあらぬか、なんと皇太子安殿(後の平城天皇)の手がついてしまったのである。

当時安殿は二十二~三といったところで、薬子は十歳ほども年上である。
その上、当時の女三十代といえば、もう年増も年増、大年増といってもよいだろう。
このことから、薬子の容色は.相当のものだったろうことが窺い知れるが、収まらないのが今上、桓武天皇である。
「ちょ、おま、いやいや親子丼ってなんてうらやま、もといとんでもない事をしでかしやがりましたか」
などといったかどうかは知らないが、もともと式家の百川に多大の恩義のある桓武天皇である。
その百川こそ数年前に物故したが、同族の式家には非常な愛情を持って接してきた今上である。
皇后には百川の長兄、良継の娘乙牟漏を入れ、百川の長子緒継には自ら烏帽子親となって加冠させ、彼の一大事業、長岡遷都の造営使には薬子の親である種継を当て、側近中の側近として信頼を寄せており、まさに藤原式家は往時の皇室の一大与党と化していた。
そんな一族の顔に泥を塗ったくるような今回の出来事、しかも相手は信頼する腹心の娘であり、親子丼であり不倫であり、いやそれは実際次の天皇としてどうなのよ?といいたくなる気持ちもよくわかる。
当然桓武とうさん、怒り狂った事想像に難くない。

それだけではとどまらない。
当時の東宮大夫(東宮の長官として警備や規律の取り締まりを行う官職)である北家葛野麻呂とも同時に情を交わしていた事がわかったのである。
考えるに、これは口止め料的な意味合いが強いであろう。
安殿との関係を黙過してもらうための関係であった事、想像に難くない。
いやはや、なんとも・・・。

このことに関する今上の裁断は以下のとおりである。
薬子は東宮宣旨の職を解かれ、東宮に出入り禁止とする。
薬子の夫、式家縄主を東宮大夫へ任官する。
東宮大夫であった北家葛野麻呂は太宰第弐へ任官する。

つまり薬子を家に戻し、その上で関係を続けぬよう式家縄主に東宮と薬子の監視をさせ、事実上の責任者であった葛野麻呂は遠く九州へ島流しの懲罰人事である。
今回については、皇太子にはお咎めなしという事となった。
日本史上に燦然と輝く偉大なる桓武天皇もさすがに人の親か、いやいや、この皇太子安殿は皇后乙牟漏の所生であり、とがめぬ事こそ式家への詫びという事となるだろう。
頭の痛い事である。

その八年後、いよいよ桓武天皇が卒し、皇太子安殿が平城天皇となる。
怖いお父さんが居なくなり、今上が真っ先にしたことは宮中に薬子を入れることであった。
八年、薬子は不惑を過ぎたところである。
百年の恋も冷めるかと思いきや、まあ今上のめり込む事一方ではない様子。
この平城天皇というひとの純真さというのもあるのだろうが、やはり薬子という女、まさしく傾城、魔性の女と言わざるを得ない。
四十にもなって十も年下の男を虜にして離さない、凄まじいものである。

それにしても、この平城天皇という人は、果たしてどのような人間なのか。
彼の行った政策を見るに、頭脳はなかなかに切れる人間の様に見える。
ただ、やはり桓武と嵯峨という双璧に挟まれたためか、天皇としての事跡という意味合いでは、いかにも小さく映ってしまう。
怨霊なんかを極度に恐れて眠れなくなったり体を壊したりするところはいかにも人間が小さく見えるが、父親が死んで天皇となったからといって、途端に夫の居る女性を公然とモノにするというのは豪胆といってよいのだろうか?
あるいは、ただ単純に子供なだけ、という気がする。
その上、なんとまあ、今度は薬子の夫であるところの式家縄主を太宰第弐としてトばしてしまったのである。
嫉妬に狂って、としか言いようがないのだろうか?
あるいは、これは野心旺盛な薬子の教唆と見ても良さそうな気がする。
夫のある身で、招かれたからといってホイホイ宮中に上がりこみ住み着き、今上うを誑し込むほどの女である。
ただの恋愛感情だけとは到底思えないというのが当方の考えだがどうだろう。

ちなみに、八年前大宰府に流された北家葛野麻呂は、というと。
この人もなかなか紆余曲折あった人間である。
大宰府に流されたその後、桓武天皇から直々に遣唐使への指名がある。
当時の遣唐使などというものは、所謂運任せの生きるか死ぬか的な大博打である。
実際、一度などはこの葛野麻呂が乗った船が難破し、多くの船員が水漬く屍となるなか、九死に一生を得たといったこともあったようである。
それでも再び船を仕立て、何とかかんとか役目を果たして、見事生還した彼は、従三位に序せられ中央に返り咲き、桓武死後、再び東宮大夫として任官されるに至る。
桓武天皇としては、懲罰と同時に禊の意味での遣唐使任命であったのかも知れない。
ただし、中央に返り咲いてからも、彼は薬子の与党でありつづけ、どうやら肉体関係も復活していたと史料にも読めるフシがある。
ところが、それを平城天皇が勘付いたのか、たった一年で東宮大夫を解かれ、今度は観察使として日本全国を廻る職に任命されるのである。
どうやら三度、島流しといって良さそうだ。
困ったものである。

この平城天皇の在位期間は三年ほどとごく短い。
というのも、上皇として大いに権勢を振るいたい腹がマンマンだったのである。
実際、皇位を嵯峨天皇に禅譲する際は、体調不良云々を理由に挙げているが、その後は奈良、つまりは前の都である平城京に広壮な邸宅を構え、そこから次々と高官達を取り込み、院宣を発し始めたのである。
天皇を辞する寸前、薬子の亡父である式家種継へ太政大臣の追贈も行った。
太政大臣とは、当時の官職における最高位であり、事実は贈名であり、朝廷の運営において多大な功績のあった最高位の人間の死後に贈る、名誉官職のようなものである。
もともと中納言程度の官位であった人に対し、これは未曾有の叙任といってもよい。
この裏側には、やはり薬子の影が透けて見える。

これで面白くないのが嵯峨天皇である。
もともと平城上太皇とはしっくりいっていなかった嵯峨天皇、表面上は租税を奈良の維持費に回したりと、諾々と従う姿を見せていた様子である。
その身内にどす黒い憤怒の炎を隠しつつ、だ。
この姿を見た平城方の人間は、薬子の兄式家仲成を筆頭に、どんどん今上を侮り調子に乗っていく始末。
畢竟、平城方の奈良の評判は悪化の一途をたどり、ついには歴史上『薬子の乱』と呼ばれる反乱未遂事件に発展するのである。

事の発端は平城方の平城京への再遷都計画である。
これを伝え聞いた嵯峨天皇は
「使える!」
と思ったに違いない。
これまで好き勝手やってきた義理の父親とも呼べる平城上太皇に強烈な肘鉄を食らわせるチャンスである。

まず、彼の蝦夷との戦争で一躍時の人となった武人、坂上田村麻呂や藤原北家の主流、北家冬嗣を造営使として平城京に送り込む。
もちろん、あらかじめこの二人は嵯峨の自家薬籠中のものとなっている。
その上で群臣百官に
「平城方から平城京遷都の話があった。止むをえず、この話に乗ろうと思う」
というような朝議を開く。
畢竟、群臣たちも畿内の豪族たちも散々に騒ぎ始める。
それはそうだ。
ここ数十年に平城京から長岡京、さらには平安京と三度遷都が行われている。
ここで更に領民や付近豪族の負担を増大させる意味なし遷都など行えば、どうなるものか知れたものではない。
すぐさま不穏な空気が朝廷、そして畿内全域に広がったであろう。
中には
「平城上太皇、並びに元凶である薬子、仲成兄妹誅すべし」
という声も出たかもしれない。
次の手は
「此度の事で、畿内が何かと騒がしい。兵を送って沈静する」
という名目で、奈良から東国への出口である大和、尾張、南近江など東に兵を送り扼してしうまう。
そこまで手を打っていよいよ奈良方の重鎮である薬子の兄、仲成を捕縛し、同時に詔を天下に発する。

「現在の天下不穏の種は、全て薬子と仲成に二人にある。平城太上皇が哀れみをもっての処遇を履き違え、次々天下に弓引く事をする。一々挙げるに耐えざる所業であり、以って両人を宮中より放逐する事とする」

さすがに嵯峨とはいえ、先の天皇を槍玉に挙げるのは露悪的に過ぎたのだろう。
それをすれば、天皇の権威を徒に軽くする事になりかねず、罪は、世間より最も憎まれる二人に帰せば目的は達するというわけである。

これを伝え聞いた平城、薬子は嚇怒する。
「おのれこわっぱめ。このわしと事を構えようというのか」
彼らは嵯峨の予想通り兵を募るため東へ向かう道を選択し、嵯峨は半神的ともいえる武人、坂上田村麻呂や嵯峨朝廷の補翼である北家冬嗣を使って追撃させた。
このときすでに仲成は左衛士府で射殺されている。
まんまと策にはまった平城と薬子、それを取り巻く奈良方の与党たちは、東への出口を押さえられている事を知り、結句、引き返すより手は残されていなかった。

平城京について薬子は自害、平城は髪を下ろした。
その後平城は十四年ほど生きて、かつて天皇だった男は僧として落剥し、わびしい晩年を送ることとなる。
ちなみに、薬子の与党として参画していた北家葛野麻呂であるが、これは罪に落とされそうになったが、観察使として遠ざけられていた過去が利いたか、無罪放免となっている。
人間、なにが幸いするかわからぬものである。
あるいは同族の冬嗣の口利きがあったのかも知れん。
史料からは読み取れないが、ありそうなことである。

一人の天皇を狂わせ、名君と呼ぶに相応しい一人の天皇をさんざ走らせ、もう一人の偉大な天皇を警戒させ悩ませた、まさに見事な傾城の生き様であったといえる。


「いやいや、スゴイネ?」
「んだべ。華やかさという点では平安中期の藤原道長はたしかに有名だけど、やはり歴史のダイナミズムや下世話な楽しさという点では聖武─孝謙(女帝)─光仁─桓武─平城─嵯峨という奈良後期~平安初期が一番おもすれえな」
若干得意気味である。
熱の入った与太話であった。
「これはもう、この時代を大河で作ってもらうしか!」
「・・・・・・」
いずれ、NHKにはハードルが高そうなのは変わりない。
「いや、やっぱムリだろ、実際」
「ええええ?」
何のためのお話だったのか。
まあ、せいぜい語れたから良しとするか。
それにしても、NHKほんとにこれで大河作ってくれねえかな?
面白そうだと思うのだがなあ。


追記

興が乗って、ついつい書きすぎてしまった嫌いがある。
茶飲み話なんてとんでもない、という向きもあろうが。
実際の会話ではもっと簡潔で、しかも『アレ』とか『ソレ』とかいう指示語が飛び交っていた。
歳をとると、人名を筆頭とした固有名詞が出てこねえで困ったものだ。
書き下ろすに伴い、ざっと調べ上げたら面白くて止まらなくなった次第である。
 

現在、姫狩りDMと並行して紅殻町博物誌をプレイ中である。
まだまだ始めたばかりであるが、内容に関しては、なかなか面白くなりそうな気がする。
ただし、文章が酷いし、何より雑。
これはもう、ある意味努力の放棄と受け取っていいだろう。
所詮はブンガクヲタクの書いた代物か。
恐らく、中途半端で且つマイノリティな昭和初期あたりまでの旧ブンガクというものに対するほの暗い情熱をこれでもかこれでもかと紙面にぶっつけて推敲のひとつもしなければこのような歪で世紀前の遺物のような淘汰され尽くしてしまった文章になるのだろうと思われる。
まあ、こういったものであるとわかっていて購入する層には良いのだろうが。
当方としては、絶賛大ドン引き中である。
前作やってなかったのがいけなかったか。
心が折れそうですよ。

さて、そのようなヲタク全開な文章である故か、なかなかに読むに難しい漢字や熟語が多少なり出てきたりする。
まあ、このあたりは文弱が多いエロゲヲタ相手の商売である、きっちりルビも振られていて読めないということはほぼ無いのであるが。
そういえば以前、日刊ゲンダイ誌上に麻生首相を指して
『漫画ばっかり読んでるから漢字が読めなくなるのだ』
といった事柄を書いた記事が載っていたのを思い出した。
別段、あの黄色紙の愛読者というわけでは断じてないのだが。
それにしても、酷い言い様である。
一国の宰相に対して。
まあ、言われるほど漢字の読めないあのおっさんもどうかしているのだが・・・。
国会答弁なんかはどうせ官僚の書いたものを読み上げるだけなのだから、見栄張らないでルビでも振ってもらえばよかったのにねえ。

ただ、本人が”読めない”という事を認識していない場合もある。
首相の場合、そちらであろう。
ここのところあまり読み間違いも聞かないので、きっと上がって来た文章は官房や側近がルビを振るようにしているに違いない。
当方の知り合いにも面白おかしい読み間違いを始終している人間がいる。
具体例はあえて挙げないこととするが、お話をしているとちょくちょく間違える。
ほかに人が居るときは敢えて突っ込みはなしの方向であるが、二人で話しているときなどは、出来うる限り突っ込んでいくことにしている。
本人はバツの悪そうな顔をするが、むしろこれでまた一つ賢くなったと感謝してもらいたいものだ。
そういえば、彼も活字は読まない人間だったなあ。
当方としては、読書の人に与える利点、美点などと世に喧伝される事柄については、かなり懐疑的な人間である。
あんなものは、所詮ごく個人的な趣味の一つか、あるいは暇つぶしの一環でしかない。
幾度か知り合いから
「君は本を読むからえらいねえ」
などと言われたこともあるが、そんなことを言われても、こちらとしては赤面するよりほかに無い、或いは皮肉にすら聞こえる言葉である。
だが、言われてみれば、確かに漢字の読み下しには、ある程度この耽溺の悪癖も役に立っているといえなくも無い、気も、しないでもない、かな?
案外、日刊ゲンダイの記事も当らずといえど遠からず、といったところもあるのかも知れない。
 



忍者ブログ [PR]
カレンダー
01 2025/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28
最新コメント
[12/17 TathoathSog]
[12/17 AlgossysoolvE]
[08/18 革命]
[08/13 NONAME]
[06/04 NONAME]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
ontai
性別:
男性
趣味:
読書 睡眠 ゲーム
バーコード
ブログ内検索
カウンター
お天気情報