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2008/1/13 人生における、雑感、ボヤキ、など。
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綾辻行人氏の「緋色の囁き」を読んだ。
なかなかに面白かった。
が、ちょっと、終わり方が・・・。
主人公には幸せになって欲しかっただけに、いささかモヤモヤ。
切ない限りである。
逆にいえば、そのあたりが氏一流の匙加減といったところか。
あっさりとは終わらせないぞ、という意思(底意地の悪さ?)を感じさせる。

これまで氏の小説は幾つか読ませてもらっている。
いわゆる「館モノ」シリーズばかりである。
残念ながら「殺人鬼」は投げた。
あれは無理。
面白いと思える感性の持ち主で無ければ、楽しめないものだと思う。
あれこそ典型的な、人を選ぶというやつか。
まあ、自分に、そういった作品への耐性が無いということがわかっただけでも、瀬踏み的な価値はあったのだと思うことにする。

氏の作品の中で、当方が最も好きなものは「十角館の殺人」である。
氏における初期作品だ。
初期作品を好き、というと、恐らく作家としては面白く無いであろう。
その後の進歩にギモンを投げかける行為に等しいからだ。
特に、ある程度継続的にその作家の作品を読んでいる人間がいうのであれば、である。
このあたりはまあ、読者の感性も多分に影響するものであろうが。

一般的に、氏の代表作というと、「霧越邸殺人事件」や「水車館の殺人」などであろう。
確かに”推理小説”という枠に収めるのであれば、作が進むごとにそのトリックなどは緻密さを増し、スケールも大きくなっているように思う。
が、一つの読み物としてみた場合、どうにも装飾が過剰になりがちで、くどくどしく映ってしまうのである。
故に、物語のある時点で、ふと、トリックや犯人についてわかってしまった、腑に落ちてしまった場合。
それ以上読み進める意欲が急激に失せてしまう。
そんなことが往々にしてあるのである。

”新本格”を謳っている以上、止むを得ないところか。
比重としては、どうしても”~について推理する”という方向に傾きがちだ。
その点、社会派ミステリなどは、事件やその背景そのものを題材として扱うので、ある程度の文章的魅力さえあれば、多少道具立てが陳腐であっても(そも、トリックなど出てこないことがほとんどである)何とか最後まで読めてしまうものなのである。
一時期急激に本格ミステリが衰退したのも、或いはそのあたりにも原因があるのかも知れない。

今回読んだ「緋色の囁き」に関しては、推理という要素はほとんど無く、あくまで作者が作り出した物語を楽しむものである。
故に、ある意味、安心して読み進めることが出来た。
どこか浮世離れして現実感の薄い世界観。
次々と殺されていく登場人物たち。
自分が殺したのではないかと恐れ慄く主人公。
情報を小出しにされ、じわじわと形を成して行く真相には、まんまと作者に踊らされていると思いつつも読むのを止められない面白さがある。
時には、このような読み物もいいものだ。
そんな風に思える作品であった。

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