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2008/1/13 人生における、雑感、ボヤキ、など。
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今日は朝から雪もよいの天気。
さすがにいささか驚いた。
積もるまでは行かないだろうが、それにしても四月も半ばである。
二十度まで気温が上がったと思えばこれである。
札幌の人は、体調などに気をつけてください。

さて、表題の浩志であるが。
彼のフルネームは、藤堂浩志、である。
職業は傭兵をしている。
この道に入って、もうかれこれ十五年にもなるそうだ。
フランス外人部隊を皮切りに、結構なキャリアを積んだ古参兵である。

何のことかという向きも多かろうが。
現在、数冊の本を並行して読んでいる。
その中の一つが『傭兵代理店』シリーズである。
その主人公がこの人、藤堂浩志君だ。

現在四冊目まで出ているこのシリーズ。
軽い気持ちで手にとって見ると、意外に面白い。
十五年前、とある殺人の濡れ衣を着せられた警視庁捜査一課の刑事、藤堂浩志。
捜査の過程で、それが本物の犯人により嵌められたということが解かり、無罪放免となるも、時すでに遅し、初動の誤りはいかんともしがたく、結局犯人は捜査の手を逃れてしまった。
その事により、警察という組織全体に不信感を抱いてしまった浩志の下に、『犯人は出国し、現在はフランス外人部隊に籍を置いている』というタレコミが入る。
警察への不信、犯人への憤り、様々な感情に突き動かされ、浩志は警察を辞め、フランス外人部隊に入隊する事となる。
ここから浩志の、真犯人を探す、長い長い傭兵生活が始まったのだった・・・。

出だしのあらすじとしてはこんなところか。
なかなかにぶっ飛んだ設定に見える。
まず、確かフランス外人部隊の入隊資格に「五年間の兵役を経たもの」というのがあったはずだ。
ほんとかな?
うろ覚えだから相当に怪しいが、それならばそもそも浩志は入隊できないはずである。
まあ、そこは小説のこと、あまり厳しい突っ込みはなしにしておこう。
とはいえ、この手のアンチヒーロー的なアクション小説としては久々のヒットであるといえる。

ぱっと思い浮かぶ類型としては大沢在昌の『新宿鮫』シリーズあたりであろうか?
自分は新宿鮫は苦手なのだが、これは案外スンナリと読める。
文章の密度という意味ではやや低いような気はしないでもないし、日本語が怪しいところもいささか目に付いたが、それでもエンターテイメントとしてここまでやれれば御の字である。
日本に舞い戻った浩志が、刑事としてではなく傭兵として十五年前の事件にケリを付ける。
その過程における被害者の父や、不良少年達との交流、立ちふさがる殺し屋、ちらつく組織の影、一癖も二癖もある傭兵代理店の面々、そして謎の女・・・。
あたまからっぽにして読むにはちょうど良い感じである。
たまにはこういうのも、よいものだ。
元刑事と傭兵の二つの顔を持つハイブリットなアクション巨編、興味をもたれたなら試してみるのも一興であろう。
祥伝社文庫より、作者渡辺裕之、『傭兵代理店』シリーズとして四巻が発売されている。

ちなみに。
同時進行しているのは宮部みゆき『模倣犯』シリーズ。
有栖川有栖『双頭の悪魔』。
司馬遼太郎『馬上少年過ぐ』。
あたりである。
うわ、何がなんだかわかんなくなってきた。
特に『双頭の悪魔』。
ああいった推理ものは、一気に読み上げなきゃだめだと感じる今日この頃である。
 

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まあ、実際読書週間など言うものは関係ないのだが。
つい先日、街中にあるブックオフで新潮文庫から出ている
『町奉行日記』
なる山本周五郎商店の短編集を購入した。
ふらふら見て廻っていたとき、ふと、目が合ったものである。
「周五郎か・・・。これは読んでねえな」
棚から引っこ抜くと、何故だか表紙に着流し姿の役所広司?がプリントされている。

やはり(※)袋つきは良い。
こうも袋つきがビシッと決まるのは役者としての筋がよいからであろうと思う。
近頃の若い役者どもはどうにもいただけない。
袋つきが”ダサい”の一言で劇中総髪まみれである。
いや、プロとしての自覚を疑うね、実際。
まあ、あのあたりのチャラい若造どもがどんなに頑張っても袋つきなど似合わんのであろうが。
彼の名手、元西武の辻発彦も言っていた。
「守備なんて物は嫌って上手くなるものではない。自分も入団当時は守備が下手で、実際守備練習を嫌っていたものだ。が、あるときこのままではいかんと思って守備を勤めて好きになるように努力をした。真っ先に特守を志願し、そうしているうちにどんどん上達して、上手くなればまた守備が面白くなる。その繰り返しだった」
さすがにゴールデングラブを何度も受賞している人物の言葉は重みが違うよ。
袋つき一つ嫌ってごねているようでは役者としての懐も知れるというものである。
所詮は●ャニーさんにケツの穴を貸す事しか能の無い変態不良集団程度のシロモノだ。
役者というのもおこがましい。
やはり時代劇演るからにはこう加藤剛の様にビシッと袋つきを・・・。

話がそれた。
この際、袋つきはどうでもいい。
問題は何故、表紙に役所広司が着流し姿でのっかっているかである。
なにやら引っかかるがページを繰って表紙裏をみて納得した。
何年か前
『どら平太』
という変な映画化をされたのがこの
『町奉行日記』
なのであろう。
出版社も少しでも売らんがために必死であるなあ。
あまりこういう売り方は好きではないが、これをきっかけに購入し、読んだ人々がそれで活字を好きになってくれるのならば、まあ、意義の無いことでもないかとも、思う、事とする。

短編集なだけにさらりと読めるものが多い。
武家もの、人情もの、市井もの・・・。
さまざまあるが、やはり当方の独断では、氏の真骨頂は滑稽ものにあるのではないかと思う。
この短編集の中では
『わたくしです物語』
『修行綺譚』
あたりがそうなろうか。
登場人物は皆一癖も二癖もある人間ばかりである。
それらの人間が実に滑稽な物語を織り成してゆく。
兎に角、科白のテンポが良い。
文章自体もポンポン進んでいく。
時に噴き出しながら、ゲラゲラ笑いながら、感心しながら。
あっという間にページにして四~五十ページ読めてしまうのである。
ここは一つ、当方の気に入っているところを
『わたくしです物語』
のなかから一ページほど抜き出してみよう。

─────────

 「おれはあの生っ白い面を、ひっちゃぶいてやりたい、こう、こう、こんなふうに」
 老は例の夫婦の時間に、このように云って、両手で何かを掻き毟るような真似をし、続けさまに酒を二三杯呷りつけた。
 「与瀬との婚約もお断り申します、へっ、いやにすましたようなことを云って、その舌の根の乾かぬうちに密通じゃないか」
 「あなた、子供に聞こえますよ」
 「あの娘も娘だ」老は続けた、「あんな罪の無いような顔をしていて、あたくしなんにも存じませんの、てなような顔をしながら、実は何もかも承知、万事万端、人躰のどこがどうなっていて、どこをどうすればどんな気分になるか、みんな知っていたじゃないか、知っていて実行したればこそ」
 「あなた、子供に聞こえると申上げてますのよ」
 「聞えたら耳を塞いでいろと云え」老はまた二三杯も呷った、「とにかくあの娘は、ちゃんと知るべきものを知っていた、いや、ことによると娘のほうから押っ付けたかも知れぬて、うん、なにしろ女という動物は総体がス・・・」
 「あなた、わたくしも女でございますよ」
 「だから云うんじゃ、現におまえが何も知りませんてなような顔で来て、そのつもりでいたらいやはや、どう致しまして、とんでもない」
 「あなた妙な事をおっしゃいますのね、それではなんでございますか、何も知らないような顔をして、実はわたくしがス・・・」
 「これ声が高い、子供に聞えるではないか」

──────────

実に見事なものである。
その場面が目に浮かぶようだ。
それでいて読後感が妙に良い。
読み終わると、なにやら幸せなような、すがすがしい気持ちが残るのである。
そのあたりが凡百のエンターテイメントと一線を画しているところではないかと感じるのである。
他に当方が好きな氏の滑稽ものといえばすぐに思い浮かぶのが
『竜と虎』
という短編である。
これもとても面白く、それでいてよいお話である。

一体、山本周五郎作品というと
『ながい坂』
『樅の木は残った』
『虚空遍歴』
『正雪記』
等のような、人間の苦悩や人生の喜怒哀楽などを題材とした硬派でとっつきにくい純文私小説、という印象がある。
確かにそのようなものも上手いが。
しかし、上記のような滑稽ものにこそ、その人間への暖かな視線や小説における技量というものが顕著であると感じるのである。

まあ、所詮はダメ人間のタワゴトに過ぎないわけで、人がましく書評などをして恥ずかしくもあるわけだが。
雲上の氏にしてみれば
「わのしなんぞにおれの書いたものを批評されたくないワイ」
というところであろう。ごもっとも。
まあそれでも。
せっかくの読書週間である。
もし当方の駄文、あるいは抜粋を読み、少しでも気になってくれたのならば。
探して読んでみてくれるとうれしい限りである。


※袋つき 月代(さかやき おでこから頭頂、やや後頭部まで)を剃り上げた、時代劇においてごく一般的なヅラのこと。近年、冬の時代である。
 

現在、最も欲しいものといえば。
なんと言ってもブライアン・フリーマントルの
『再び消されかけた男』
である。
実に経済的な人間であるなあ、自分。

先だって、某書店で見かけた
『消されかけた男』
を読んだ。
フリーマントル初期のシリーズ物の第一作目である。
その名もチャーリー・マフィンシリーズ。
英国情報部の凄腕諜報員にしてさえない外見の中年男が主人公である。
新潮文庫から出ている翻訳物で、日本での初版が昭和54年というからもう三十年近く前の作品となる。

スパイ物、エスピオナージュといえばイギリス。
不思議と彼の国には第一人者がズラリ勢ぞろいしている。
当方の知っているところで言えば旧くはバカン、アンブラーからル・カレ、デイトン、フリーマントルなど、まさに枚挙に暇が無い。
やはりお国柄、というものか?
産業革命から名誉ある孤立を経て1900年代初頭まで。
世界の王として君臨していただけあり、諜報というものに対する認識というものは血液にまで刷り込まれているのかも知れない。

さて。
三十年、である。
うろ覚えながらたしかフリーマントルがこの
『消されかけた男』
を執筆し、彼の国で出版されたのが六十年代半ばであったかと記憶している。
どうだったかな?
そう考えると四十年である。
さすがに作中の時代背景は冷戦真っ只中。
深刻な東西対立も絶好調の時代である。
東側の崩壊に伴い、諜報活動というものも随分と移ろっている。
現在”スパイ”等という単語は死語と化しつつあり、諜報の舞台は単身敵国へ乗り込み血と泥にまみれながら情報を探り出すスパイ活動から、一流ホテルの貴賓室で立派なスーツを着て目ん玉飛び出るほど高いワインをすすりながらカードゲームを遊ぶように手の内を明かしあう所謂外交的な情報交換というものにシフトしつつあるが、それではスパイ小説としてはどうやっても面白くはならないのである。

現実として、この小説の中でも、そういった体制にシフトしつつある。
そんな中で、旧いタイプの凄腕諜報員として、上司には煙たがられ下のものには小馬鹿にされる風采の上がらぬチャーリー・マフィン君がある意味八面六臂の大活躍をする、というのがこのお話の筋である。
今までフリーマントルの作品は読んだ事が無かったが。
手に汗握るスリルあり。
作中にちりばめられた伏線あり。
終結に向けて収束していきそして大どんでん返し、と。
一個のエンターテイメントとして十分におなか一杯になる事うけあいである。

あっという間に読み終えて。
ついでにもう一回読み返して満足して。
続き物という事で次の
『再び消されかけた男』
とその続きを買いに札幌駅横の紀伊国屋へ買いに行ったのだが。
無いのである。
その脚で駅構内の弘栄堂に行ったがダメ。
大丸上の三省堂も×。
ステラプレイスの旭屋書店も×。
その後アテネ書房→紀伊国屋オーロラ地下→リーブルなにわ→文教堂ロビンソン上と全敗の体たらくである。
八戦八敗であった。
これが馬ならコンビーフ間近であろう。
ひょっとして絶版・・・?

ネットで調べてみたがアマゾンのマーケットプレイス以外全滅である。
その後の
『呼び出された男』
『罠にかけられた男』
『追い詰められた男』
『亡命者はモスクワを目指す』
『暗殺者を愛した女』
『狙撃』
『報復』(上、下)
『流出』(上、下)
『待たれていた男』(上、下)
『城壁に手をかけた男』(上、下)
などはワリカシどこでも見かけるのだが。
なぜだかこの
『再び消されかけた男』
は見当たらないのである。

どうにも第二巻だけ吹っ飛ばして読むのも業腹であり。
現在鋭意捜索中である。
はてさて、アマゾンで取り寄せるのがいいのかどうか・・・。
古本文庫屋さんも現在休止中だし。
待ってれば再版されそうな気もするがなあ。
まあ、とりあえず知り合いの店員さんにでも掛け合ってみようか。
そんな事を考える、冷え込み始めた今日この頃である。
 

まあ、まんがについてだらだらと。
のんびりしてください。

最近、まんが原作の実写が多いなあ。
正直、アレは苦手。
主人公が別のキャラだったり。
話の筋が全然違ったりと。
原作のファンにとっては許せないものが多い。
まあ、いろいろな理由はあると思うが。
ここでは敢えて挙げないでおこう。
やたらと刺々しくなりそうだし。
とりあえず、どうせやるならしっかり頑張って欲しいものである。

で。
つい先日、コンビニで”シャカリキ!”の廉価版を見かけ、手にとった。
曽田正人氏の初期の連載である。
これも映画化の運びとなり、タイで廉価版が出されたのだろう。
いろいろ思うところはあるが・・・。
自分、あのシャカリキが大好きである。
あるいは氏の代表作(であろう)め組の大吾あたりよりも好きかもしらん。
たしか、初めは秋田書店だった、はず。
連載時は読んでいなかったが、ということはチャンピオンあたりだったのかな?
何かの拍子で単行本を手にとって、それですっかり嵌ってしまった記憶がある。

何せ熱い。
氏のまんが全般にいえることではあるが。
初期なだけに絵は荒かったりするが、あの熱さはその後の氏の作品群の中でも、群を抜いていると思う。
自分の知る限りでは大吾、昴、capetaあたりだが、まあ全て面白いがそういった作品の持つ”熱”という意味合いにおいては白眉であろう。
何分、旧いまんがではあるので、読んだことの無い方も多いはず。
そのような理由で現在はコンビニなんかにおかれているので、まんがの好きな方はぜひ、お試しいただきたいと願う次第である。
損はしない、はず。

考えると当方、意外にヘビーマンガーである。
いい歳してみっともないとの向きもあろうが。
結構、読んでいるなあ。
習慣的に購入しているのはサンデーくらいであるが、最近はサンデーもつまらんなあ、どうにも。
それこそ、大吾が連載していたときは、凄い布陣だったのだが。
どうにも始まる連載ことごとく、ダメ臭が漂っている。
期待していた月光条例も正直いまいちっぽい。
意外なダークホースがお坊サンバ。
あれはすごい。
コナンなんて買い始めて以来読んだこと無い。
あれのどこが面白いのかがさっぱりわからんよ。

サンデー以外であれば。
まあ、読めるまんがが多いという意味では、モーニングあたりか。
最近社長になった人やら、剣豪の人やら、ETUの監督の人やら、野鳥の好きな人やら、眠れないお姉さんの人がお気に入り。
系列だと菌の見えるそうえもんの人が面白いなあ。
他、青年誌だとスピリッツはもう完全に斜陽。
ヤンマガもセンゴク天正記くらいしか読むものないなあ。
オリジナルだと風の大地と釣り馬鹿日誌。
ヤンジャンだとこれも映像化されたがハチワンダイバーか。
BJならソレイルと甘い生活、あと傷だらけの仁清。
SJだとサルトフィニートが面白い。
ゴラクでは江戸前とオカルトになりつつある麻雀まんがだが最近は随分とパワーダウン気味である。
SとMは、なあ・・・。
馬鹿馬鹿しくてまあきらいではないのだが。
あとマニアックなところでは、アクションの忍者パパなんかが凄く面白かったりする。
いやー。
立ち読みだけで結構読んでるなあ。
店の人にはさぞかしウザがられていることだろう。
ゴメンナサイ。

というわけでだらだらと。
現在好きなまんがを羅列してみた。
結構メジャーどころだと思うが。
良い子のみんなは幾つ知っているか数えてみよう。
 

朝刊にて。
茨城の連続8人殺傷事件。
あの事件がどうやら起訴されることになったらしい。
とりあえず不起訴という事態は避けられたようである。
これより長い長い裁判が始まるわけであるが。
相応の量刑を望むものである。

何故この話題を語るつもりになったかといえば、だ。
ごく最近、日垣隆氏の著書
『そして殺人者は野に放たれる』
を読んだからである。

実際、中々にショッキングな内容であった。
刑法第三十九条の内容と解釈、そしてその存在によりいかに多くの殺人者が毎年不起訴となり、無罪となり、或いは刑を減軽され野に放たれてきたか、氏自身が十年の時をかけ取材し続けた多くの判例が記載されている。
何より驚いたのが、何人もの人間を殺害しても不起訴になれば事件自体が”無かったこと”にされ、そうなると報道でも途端に取り上げられなくなること。
そして心神喪失或いは精神障害と認定され無罪となった殺人者が、たった数ヶ月の”措置入院”で世の中に舞い戻ってきているという現実である。

本書でよく使用される言葉に”被害者感情”というものがある。
実は当方、この被害者感情なるものがきらいである。
まして、被害者感情で裁判というものが動かされること、量刑に影響が与えられること、それは断じて否であるとさえ思う。
裁判官はその仕事を全うすればよい。
弁護士も検事もまた然り、である。
その上で適正な裁きが行われ、適正な量刑が課されればそれでよいと思っている。
そこにはこの”被害者感情”等というものが入り込む余地などないと考えていたのである。

が、どうやらこの国の裁判、こと重大な殺人などの裁判においては”適正”などというものははじめから存在しないということが、本書を読んでよく理解できた。
たとえば、である。
五人もの人間を殺害した連続殺人犯がいたとしよう。
彼は事件一週間前に刃物店でランボーの使っていたようなゴツいサバイバルナイフを二本購入した。
一本は予備である。
その上、血液で手がすべるといけないので、犯行前にあらかじめ利き手にサラシを巻いた。
実に用意周到である。
犯行直前、景気付けに持ってきたワンカップを二本、立て続けに飲む。
そして準備万端、町に出て手当たり次第に道行く人に襲い掛かった。
その後は推して知るべしである。
彼はその場で駆けつけた警察官に現行犯逮捕されることとなる。
その後の取調べにおいて彼は正直にその経過を話す。
曰く、むしゃくしゃしてやった。
曰く、ずーっと前から計画していた。
曰く、一週間前にナイフを二本買った。
曰く、犯行前に利き手にサラシを巻いた。
等等、である。
殺害の事実と殺意を認め、殺人で起訴されることとなる。
そして裁判。
ここで問題となるのは”景気付け”で飲んだ二本のワンカップ、である。

被告の担当弁護士はこのような論陣を張る。
「確かに被告の犯行は計画性もあり、残忍を極めた犯行と言えます。しかしながら被告は犯行時、ワンカップを二本、一気に飲み干し、酩酊状態であったことは事実です。このとき被告は異常酩酊の状態にあり、事の善悪是非の判断がつかない心神喪失状態であったことを考慮する必要があります云々」

馬鹿馬鹿しい限りである。
が、しかし、弁護士の腕にもよるであろうが、多くのこういったケースで”心神喪失”は認められぬが”心神耗弱”は認められ、量刑が減軽される。
求刑は間違いなく死刑であろうが、結局、判決は無期懲役どまりとなるのである。
ちなみに、無期懲役の平均年限は十八年といわれている。
十八年で、彼は出てくる事となる。

これならまだマシなほうである。
たとえば、取調べの段階で
「何も覚えていない。何も知らない。俺は電波に命令されただけだ」
とか言い続けると、不起訴となる公算が大きい。
えらい精神科医という人が出てきて
「精神異常です」
とかなんとかいろいろコムズカシイ理屈をつけて言ってしまうからだ。
それを裁判の場でいうとまず無罪となる。
こういった出鱈目が、この国の刑事裁判では営々と行われてきたのである。

冒頭に述べた茨城の連続殺傷事件。
この件も結局法廷では”責任能力の有無”つまりは被告は犯行当時、精神的に正常であったか異常であったか、という争いとなるであろう。
事件の本質や結果をつまびらかにし争うのではなく、専ら犯人のキチ●イ度についてを延々議論する場となるのである。

氏はこのように言う。
この刑法三十九条こそが諸悪の根源である。
かつて法制審議会で三十九条の刑法改正案が出たときも、法務省および法曹界がこぞってそれを叩き潰した。
弁護士は弁護士でいかにクライアントである被告に精神異常のレッテルを貼り付け無罪或いは刑の減軽へ持っていくかが仕事であり、いわば三十九条が飯の種である。
判事は判事でいかに判例に倣い屁理屈をこね、それを適用するかが仕事であり、判例というものに自縄自縛されつづけている。
既成の概念というものから踏み出すことを望んでいないのである。
検事は検事で出世に響くがゆえに負ける勝負はせず、殺人事件であるにもかかわらず至極あっさりと不起訴にする。
彼らに正義などというものは存在しない、と。
つまり、法曹界とは、こと刑事裁判において数十年、刑法三十九条が故に延々と思考停止を続けたボンクラ集団であるということである。

果たして、思考停止というだけで済まされるのかどうか。
どうにもその根底には、官僚的な事なかれ主義が潜んでいるようにも感じられる。
つまり、あらゆる責任を負いたくないという姿勢である。
この国で言うところの極刑とは、いうまでも無く死刑である。
是か非かは別にして、死刑判決を出すということはつまり、人間一人の命を奪う決定をするということである。
そこには重い責任が当然発生する。
それをこそ背負いたくないが故に、精神医学会をも巻き込み、法曹界一体となって三十九条を乱発する体制を作り上げて来たのではないか、と。
仮にもそれを生きるよすがとする人間が、である。
責任の回避のために自身の背負った”正義”の金看板を泥まみれにするわけである。
法のサロン改めこどもサロンあたりがふさわしいと思うのだが、どうか。

無論、氏の著作に書かれている事が全てではあるまい。
世の中には反対の見方というものも当然、存在する。
法曹界には法曹界の言い分というものもあろう。
が、氏の本書で著した裁判の結末や判例が真実であるのならば、正直見誤っていたという他なさそうである。
今後、来年にも裁判員制度が本格的に導入されるわけであるが。
そうなれば当然、裁判の姿というものも変わってこよう。
アレにはアレの問題点も多いだろうが。
少なくとも裁判というもの自体が”時代に沿う”という意味では現在よりはマシなものになるのでは、と感じる。
制度が施行される前に、本書を一読されるのも良いかも知れない。
まあ、裁判員審査時に
「日垣隆の──を読みました」
等といったら、落とされること間違いないような気もするが。
そのとき、対面の法曹界の住人はどういった表情をするのか・・・。
考えるだにワクワクする自分が、いる。
 



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